北谷

北谷

北谷(ちゃたん)町。
沖縄県の中北部に位置する、人口約2万7000人の町だ。
2014年2月、プロ野球の中日ドラゴンズ春季キャンプを見学の際、数日ここに滞在した。

北谷町はその半分以上を、キャンプ瑞慶覧(キャンプ・フォスター)、キャンプ桑江(キャンプ・レスター)、嘉手納飛行場、陸軍貯油施設の4つの米軍関係施設が占めていて、町中に軍関係者であるアメリカ人が多く見られる。
町の西海岸、美浜地区には「美浜アメリカンビレッジ」というアメリカンリゾートシティがあり、ここを中心に国道58号線沿いにもアメリカ風のショップや看板が連なり、北谷という場所はライトな「アメリカ感」を味わえるエリアだ。

ある夜、友人と「沖縄のものを食べよう」と沖縄料理が食べられるお店を探していたところ、北谷公園の向かいのココストアがある交差点の斜め向かいに、【TATTOO Price 20%OFF】と謳っているタトゥーショップがあるのを見つけた。
ここに限らず、この滞在中に北谷から宜野湾にかけてはタトゥーショップを多く見かけていた。
これも、アメリカ人が多いせいか、沖縄という土地柄なのか。
「20%オフならワンポイント入れちゃおうかな」
気軽に考えつく程、沖縄、そして北谷というエリアは心開放的になれる雰囲気があり、実際どこか夢見心地の非現実世界で遊んでいるようなフワフワした心持ちだった。
(私がアメリカかぶれなのは否めない。)

20歳の頃、もう12年も昔に、TATTOOを入れたことがある。
当時の私は若く、生意気にトガっていて、13歳の頃から傾倒しているROCK STARにまだまだ心底陶酔していて、真似せずにはいられなかった。
27歳も過ぎた頃には「これは若気の至りだった」と振り返り「やんないほうがいいよー」と他人に助言できるほどには落ち着いて、「もう彫ることもないだろう」と思っていたはずなのに。
「久しぶりに彫っちゃおう」
“20%OFF”に軽率な気持ちを後押しされて、そのショップを見つけた翌日、早速「ZERO Tattoo Studio」を訪れていた。

お店に入ると、レジでは受付のお姉さんがちょうど黒人のお客さんの対応をしていたところで、左奥の待合スペースでTATTOOのカタログを眺めながら待った。
待合スペースからは、彫師さんが上裸の白人のおじさんにの右肩のあたりにTATTOOを施術しているのが見えた。
久しぶりにTATTOOショップに入った私は少し緊張していた。
タトゥーマシンのジージーいう痛そうな音は、一度経験したことがあるといえどおっかない。
(歯科のあのウィーンという機械音が怖いのと同じだ。)
一旦、黒人のお客さんの対応を終えた受付のお姉さんが、
「今忙しくて、すいません」
とにこやかに、人懐こく声をかけてくれた。
こういうお店で、受付の方の人当たりがよいのはとても助かる。
彫りたいモチーフしか決まっておらず、具体的な絵柄の希望はまだない旨を伝えると、一段落して出てきた彫師さんがレジ奥のPCを操作しながら、イメージを画像検索してくれと言い残してまた彫りに戻った。
受付のお姉さんが引き続きお客さんの対応をしている後ろで、私は龍とユニコーンのトライバルデザインの絵柄を検索した。
いつの間にか、どこからか今TATTOOを施術中のツレと思われる白人男性が現れて、彼の自慢のTATTOOを見せてくれた。
右上腕から肩にかけて赤く鮮やかなニシキゴイが入っており、「carpが好きなんだ」と教えてくれた。
(余談だが、初めて外国人の口から「carp」という単語を聞いたのが愉快であった。)
彼はおそらく広島東洋カープのファンじゃないだろうし、海外ではニシキゴイは日本文化の観賞魚として1990年頃から人気らしいが、おそらく彼は日本の刺青文化で描かれている鯉が好きなのだろうと思われた。
また彼は、交差点向かいのココストアで買ってきたと思われるオレンジ色の肉まんを頬張っていた。
欧米人らしくフレンドリーに「スパイシーチキンだ、スパイシーでうまいぞ」と少し食べさせてくれたが、本当にスパイシーだった。
スパイシーなチキン。アメリカ人が実に好みそうなテイストで、彼が日本の環境で快適に暮らしているのが伺えた。
「ソルジャー?」
と聞くと、「NO,Marine. in Kadena」と言う。

Marine=海軍だとばかり思った私は、なぜ彼が嘉手納にいるのだろうと不思議だったが、後日マリーンとは海兵隊のことで、海軍(Navy)とは違うと知った。
アメリカ海兵隊は海軍から独立した第4の軍で、独自に陸海空全般の兵力を有している。
必要に応じて水陸両用作戦(上陸戦)を始めとする軍事作戦を遂行、独自の航空部隊を保有することで航空作戦も実施できる。
地上戦用装備も充実し、陸軍と同様の主力戦車も配備しているとのことで、活動エリアが決して海に限らないわけで、なるほど海に面していない嘉手納基地にいる納得がいった。

フレンドリーなマリーンのおじさんと話し終えた頃、彫師さんが一仕事を終えて私の選んだデザインを確認し、希望サイズを把握したうえで「オリジナルデザインを起こすから数日ほしい」とおっしゃった。
値段は、本当は1万円以上の施術が20%OFF対象なのだけど、ワンポイントは8000円という価格設定で対象外ではあるが今回は5000円で、と言う。
20%以上OFFに恐縮しているところに、デザイン費云々の話をされないものだからさらに驚いた。
思いがけないラッキーに多少気後れしながらも、施術日の予約を済ませて宿に向かう足取りは軽やかで、久しぶりに来る日を待ち遠しく思うワクワク感を味わっていた。

予約当日、午前中に北谷公園野球場で中日キャンプを見学した後、昼過ぎに再びTATTOOショップを訪れた。
平日の真っ昼間だからか、店内には私以外にお客さんはいなかった。(当然か)
アメリカ軍人系のお客さんは仕事帰りに寄っていくケースが多く、多くのショップは昼頃オープンして22時くらいまで営業しているという。
私のために作られた直径10cm程の丸みを帯びた翼竜のデザインは、女性らしさもイメージされていて、とても可愛らしく素敵だった。
色と絵柄の向き・位置を確認し、絵柄を転写すると、心の準備も整わないまま施術台に横になると、緊張から多弁になっていた。
「久しぶりなんで痛いの怖いですね」
と言うと、「場所が場所なんで、そこまで痛くないと思います」と彫師さんにさらりと返される。
箇所は右前腕の内側の肘に近いほう。確かに、腕のように普段から外部刺激に晒されやすい部分のほうが痛みは少ないのは知っていたが、それでも多少の恐怖はあった。
初めてTATTOOを入れた時、それは左腕の上腕上部、肩の下のあたりだけど、ぐるりと帯のようにほぼ一周するような形状のトライバルだったが、大変痛くて施術中に3度貧血を起こしてしんどかったのをよく覚えている。
あれをまた味わうのだ…。
自業自得ながら、「神様助けて」と心の中で念じながら、空いてる手を胸に置いて腕を彫師さんに預けた。

TATTOOは、(私が知っている限りでは)まず塗り絵でよくやるように絵柄の縁取りをラインで彫り、その中を塗るように彫るという行程になる。
ラインを彫る時は切るような痛み、中を塗る時はヤスリで削るような痛み、とでも表現すればいいだろうか。ちょっと想像すればわかるが、削るように彫る時のほうが痛い。(傷つけているエリア自体も大きい)

ラインを彫り始めた時、「あーこれこれ」と思い出しながら、心拍数が上がるのを抑えるように静かに深く深呼吸をした。
痛いは痛いもしばらくすると慣れ、ゆっくり呼吸しながら店内の洋楽のBGMに意識を向けていると案外平気であった。
今思えば音楽で気を紛らわすことができたのは大変助かった。そうでなければ、あの嫌なジージーいうタトゥーマシンの機械音だけ聞き続ける拷問タイムだ。
それだけでなく、今回のTATTOOのサイズが小さかったことが幸いで、一つのラインを描く時間が短いため耐えやすかった。
一つの痛みが長引けば長引く程、耐える時間が長いわけでそれぞれの時間が短い程心も折れにくいもの。
ラインを掘り終わると、続いて塗りに入ったがさすがに痛かった。
ライン彫り同様、絵柄の一つ一つのパーツの小さく、それぞれの塗り面積も小さい(時間もかからない)のが幸いしたのは言うまでもない。
また、ラインを彫る際に恐れていた貧血にならなかったことで心に余裕を持てていて、塗りが終わるまで「早く終わって」と願いながらひたすらBGMを聴いていた。

すべて掘り終わるまで、トータルで40分程だったろうか。
あっという間のようで、とはいえ痛みに耐え続けているのだから、それでも長く長く感じた。
お店を訪れたのが13時、お店を出て再び北谷公園野球場に向かったのが14時過ぎだったから、1時間程であっさりと、人生で2つ目のTATTOOが右腕に刻まれた。

我ながら、キャンプ見学を中抜けしてTATOOを彫ってまた見学に戻るなんて、とんだ酔狂だなぁと愉快に思いながら、朝倉・雄太・大野投手が捕手のプロテクターをつけながら森コーチにハードなノックを受けているのを眺めていた。

北谷。
沖縄の中のアメリカ、そして第二のTATTOOの町として、今回の旅行で一番思い出深く、また訪れようと心と体に刻んだ町になった。


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