確定申告のために某社に源泉徴収票を受け取りに行き、その足で郵便局で必要書類を会計事務所に送ったのは昼過ぎだった。
渋谷に向かう前に、小田急百貨店の地下のテオブロマでチョコレート代わりのマカロンアソートを購入した。
沖縄から帰京した翌々日、仕事の打ち合わせでAと顔を合わせた。
Aは前職で長年にわたり私の上司であり、私をとてもかわいがってくれた。付き合いは今年でもう11年目になる。
Aは、邪悪で、わがままで、あまのじゃくで、とびきり頭がきれて、用心深くて執念深い。
だけど心は優しくて、照れ隠しにわざとピエロを演じることもできる。大変ナイーブな人見知りで、つまりとてもめんどくさいTHE 末っ子だ。
私は二足ほどお先にその職場をやめてフリーランスになり、Aも昨年独立してからは仕事を斡旋してくれるようになった。
かつてのように常日頃から顔を突き合わせることはなくなったが、月に何度か顔を出しては昔のように気の置けないコミュニケーションをとる、いわゆる「腐れ縁」だ。
上司と部下なのに「腐れ縁」とはいかがな表現かと思うが、そうとしか言えない。
大きな喧嘩も何度かしたし泣かされることもあったけれど、お互いに深い信頼と、上司と部下以上恋人未満の繋がりを感じていた。(決して恋愛感情も関係もない、念のため)
だから、会社をやめて以来2年はまともに会うなこともなかったが、いずれまた”組む”のは漠然とわかっていたし、実際そうなってもごく自然なことだった。
そんな、お互いわかりきっているくらい特別な縁がある。
話を戻し、沖縄から戻ってすぐの打ち合わせで、私はまんまと沖縄土産を持参するのを忘れた。
(旅行直後は毎度必ず忘れる、私のライフテンプレ)
お土産はともかく、Aは私の顔を見るなり
「チョコは」
とバレンタインチョコレートの催促をした。
「甘いのあげても食べないじゃん」
「(もらった数の)実績が大事なんだよ」
「ハイハイ」
相変わらずのオレ都合のバレンタイン催促時は、バレンタインを過ぎた後であるのに”実績”はまだカウント中だった。
こんな経緯もあり、テオブロマのマカロンを抱えて渋谷に向かった。
バレンタインはとっくに終わり、デパ地下のスイーツエリアはとっくに春のラインナップへ衣替えを済ませていたからチョコ自体あまりなかった。
「はい、チョコじゃないけど」
紙袋を手渡すと、Aはまんざらでもないというふうに目を細めて、口元を少しとがらせてはにかんだ。
先日渡しそびれていた沖縄土産には興味を示さなかった、想定内だ。
「ようちゃん、これ沖縄土産だから食べてね、なんならあのマカロンも食べちゃってね」
総務のようちゃんにお土産をプッシュしていると、
「メシ行こうぜ」
とAに伴ってランチに行くことになった、想定内だ。
「オレ、高校んときここばっか来てた」
ステーキが食いてぇと唸っていたAは、センター街の入り口にある「くいしんぼ」というステーキ屋さんに入っていった。
「ハンバーグにすんの?オレはしょうゆにバター、ガーリックがいいの」
お望み通り240gのサーロインのガーリックバターにしょうゆを垂らしながら、Aは先週末に息子がステーキを食べたがったこと、だけど自宅から遠いから結局蕎麦屋にしたこと、そのときからずっとステーキが食べたかったんだよね、ということを話していた。
さらに、家族でよく下町エリアでチェーン展開しているビリー・ザ・キッドというステーキ屋に行くこと、子供はお子様メニューではなく(そもそもない)200gのキッドステーキを食べること、奥さんも225gのインディアンというメニューを食べたりすると付け加えた。
私は、メニュー写真であっさりアボカドハンバーグに決めたけど、Aは「ステーキ屋に来たのにハンバーグなんてこのバカ」、とその夜まで時折ブツブツ言っていた。(いちいち気にしていられない)
ちなみにこの店、ハンバーグ/ステーキにはサラダとライスがついてきて、ランチ時は女性はドリンクサービスのためおすすめ。
また、青山店は外苑前駅から神宮球場に向かう右手にあり、ご飯を食べながら開場待ちをしている野球ファンからの人気も高いあそこ、というのを今調べてわかった。

Aは先月まで友人の会社とオフィスをシェアしていたが、そこが撤退してしまったため、現在は15畳程のフロアに彼とようちゃんのデスク2つだけしかないような具合であった。
一番小さいのに180gのハンバーグとアボカドを平らげた後、我々はビックカメラへ備品の買い出しに向かった。
電気ケトルとプリンターを買ったが、いずれも「最安値はメジャーじゃないメーカーだから」との理由で、Canonのプリンター(最安値はhpだった)と、デロンギの電気ケトル(最安値はティファールの型落ち)を購入していた。
電気ケトルなど、大したスペック差がないのに、デロンギというだけで最安値+3000円ほどする。
大変ブランド嗜好のAらしい買い物であった。
最終的に彼らしい理由で好きなアイテムを選ぶだけあって、プリンタもケトルもあーだこーだと悩みながら30分は物色をしていた傍ら、私は飽きて展示のiPad miniで遊んでいた。
私は青くてかわいいデロンギのケトルを、AはCanonのプリンタを抱えながら道玄坂を少しのぼりR246へ抜けて更に登った。
オフィスのビルについた頃にはAは重いものを運ぶ行為に飽きていて、エントランスでタバコを吸い終えると私にプリンタをパスしてきた。
実にわがままなとっちゃん坊やなのである。
オフィスに備品を運びこむと、プリンタの設定はやっぱり私であった。
本当は、お土産とチョコ替わりのマカロンを渡したら別の職場に行くつもりが、プリンタのセットアップをしている間に「メシ行こうぜ」という話になり、結局終日Aに付き合わされることとなったのであった。想定内だけど。
ごちそうさまでした。